2008年05月08日
アブラカダブラ
この呪文は近年、手品を披露する際の掛け声として世界中の手品師により利用されている。しかしながらこの言葉は、古くは熱病や炎症を癒すための呪文として真剣に唱えられていた。この呪文について言及した最古の書物は2世紀のセレヌス・サンモニクス(Serenus Sammonicus) の詩集『De Medicina Praecepta』である。セレヌス・サンモニクスはローマ皇帝・カラカラの内科医であった。彼は病苦に悩まされる皇帝に対して、この呪文を逆円錐型に記したものを入れたお守りを身に着けるようにと処方し、この呪文の力で患者の病の原因である精霊の支配が弱まると説明した。
ローランの歌
『ローランの歌』(仏:La Chanson de Roland)は、11世紀成立の古フランス語叙事詩。レコンキスタの初期の戦いともいえる、シャルルマーニュ率いるフランク王国とスペインのイスラム帝国の戦いを描いた物語である。
この叙事詩は、778年のロンスヴォーの戦いをめぐる歴史的事実を元にしているが、物語と歴史の事実が異なる部分もある。例えば、歴史上ではバスク人であった戦いの相手が詩の中ではイスラム教徒に変えられているし、他にも多くの点で恣意的に歴史とは違えられたところがあるとされる。ただしイスラム帝国の一部である後ウマイヤ朝との戦争は史実で、『ローランの歌』でもアブド・アッラフマーン1世の戦闘の勝利を賞賛している部分がある。これは、11世紀という十字軍の時代にイスラム教徒に対抗するキリスト教徒を勇気づける役割をこの歌が担っていたからであり、歴史的事実とは反するながらも、中世の騎士道精神を示す典型的な例になっていると考えられている。
この叙事詩は、778年のロンスヴォーの戦いをめぐる歴史的事実を元にしているが、物語と歴史の事実が異なる部分もある。例えば、歴史上ではバスク人であった戦いの相手が詩の中ではイスラム教徒に変えられているし、他にも多くの点で恣意的に歴史とは違えられたところがあるとされる。ただしイスラム帝国の一部である後ウマイヤ朝との戦争は史実で、『ローランの歌』でもアブド・アッラフマーン1世の戦闘の勝利を賞賛している部分がある。これは、11世紀という十字軍の時代にイスラム教徒に対抗するキリスト教徒を勇気づける役割をこの歌が担っていたからであり、歴史的事実とは反するながらも、中世の騎士道精神を示す典型的な例になっていると考えられている。

